総理大臣の発表で、今後各世帯に布製のマスクを2枚ずつ配給するという事だ。

私は当初、馬鹿な案だと思ったのだがよくよく考えてみると、これはかなりの名案だと感じるようになった。

一番は、買い占め対策だ。
今も私の家近所にあるドラッグストアでは、朝から暇な高齢者たちが行列を作って細々と入荷されるマスクや消毒液を買い占めている。
感染リスクが高まる行列をしながら、買う順番を待っているのだ。

結局、仕事をしていない暇な高齢者達が買うことで、一番必要な勤労世帯にはマスクや消毒液が手に入らないという変な事態になっている。

これを解消するには、マスク生産工場やアルコール製造工場の増強をしたところで抜本的な解決にはならない。

このように買い占める人たちは延々と、出てきた分をまた購入して貯蓄してしまう。
家の最寄りにあるドラッグストアでは、「マスクや消毒液を同じ人が時間帯を変えて何回も買うのは困ります。お一人一日一回の購入にしてください。」と張り紙してある。

これに対処すべく発案されたのが、マスク2枚配給という事なのだろう。

基本的に今回の配給マスクは、ウイルス防除効果が全くない。自身が武漢ウイルス感染者の場合のみ、多少飛沫拡散防止に役に立つかもしれない、というレベルの代物だ。

しかし、高齢者にはウイルスと細菌の区別がつかない人達も沢山いる。
マスクの種類により、ウイルス防除効果に違いが生じる事を知らない人達も多いだろう。
そんな人たちは恐怖から逃れようとして安心感を得たいが為に、買い占めに走る。
だとしたらそれを防止するには、ともかくマスクという名前が付いたモノを渡しておけば大人しくなる。

赤ちゃんにあげる「おしゃぶり」ではないが、洗濯して再利用を延々と出来るマスクみたいなモノを渡しておけば、暇な高齢者たちのマスク買い占めが減少するのではないか、という迂遠な戦略なのだろう。

直接的なマスク工場増強策よりカネがかからず、高齢者にとっての「おしゃぶり」にもなるという名案だ。孫子・呉子の兵法を彷彿とさせる戦法で、これを発案した官僚はなかなかな策士と思われる。

武漢ウイルス自体は、日本において死者が100人を少し超えるくらい出ているという事だ。
この亡くなられた方達への冥福を心より祈るものである。

数字を冷静に考えてみると、100人ちょっとの死者数でまだ収まっているのはスゴイ。
去年12月や今年1月からどんどんと武漢ウイルスが入ってきていただろう。
その間も満員電車や歓楽街、スポーツジムは普通にお客さんで混雑していた。

それでもまだ、この程度の犠牲者数で済んでいる。
米国や英国、イタリアやスペインと比較するのもおかしいような数字だ。

「普段から手洗いをしているからだ。」「マスク着用習慣があったから。」など色々言われているが、2月も3月もウイルス防除策は適当で、未だにスーパーの買い物かごや食品の外箱、宅配便の箱などに消毒措置をしていない所が多い。満員電車も依然健在だ。

こんな適当な状況で社会生活が回っている日本は、世界的な観点からは笑止千万で不安感が増すようなレベルだろう。
それでも依然死者数が圧倒的に少なく、感染者自体も軽い症状の人が多い。

しかも、武漢ウイルス発生の当初は沖縄だったのだ。しかし今日現在も沖縄では、ウイルス蔓延がさほど心配ないと言ってもおかしくない状況に留まっている。
この現象の原因は何なのだろうか。
これを研究する事で、武漢ウイルスへの対処法が見つかっていくのかもしれない。